砂漠の王 12



「いらっしゃーい」

回転椅子に胡坐をかいて乗りながら目の前の巨大なスクリーンを見上げていた遼は 扉の開く音に椅子を回して振り返った。 視線の先には扉を開けた莉津とその後に続く無表情の智里。

「で、何の用だ」

丁重に扉を閉めた莉津が2人を振り返ると、智里は置いてある椅子には座らずに その場に留まって遼に尋ねていた。 珍しく黒縁眼鏡を掛けていた遼はそんな智里をニヤニヤ哂いながら上目遣いで見た後、 「これなんだよね」とポンっと軽く目の前のキーボードを叩いた。

「え」

スクリーンにでかでかと映った顔に驚きの声を上げたのは智里と並んで立っていた莉津だった。 智里は相変わらず無表情のまま腕組みをして映し出された顔に鼻を鳴らした。

「日比谷一成か」
「ごめーいとう」

大きく映し出された眼鏡をかけて七三分けにした前髪を持つ顔はいつぞやの生徒会長。
気難しげな顔でこちらを見ているその写真は、恐らく生徒手帳用に取った身分証明写真 なのだろう。眉間のしわが普段より三割増しだ。
何故遼が持っているのかは甚だ不明だが、一体生徒会長と遼の間になんの関係が あるというのだろうか。一方的な犬猿関係だけじゃなかったのか。
訝しげな2人に遼はニヤリと哂う。

「問題は、これ」

瞬時に消えた生徒会長の顔に代わってスクリーンに映ったのは男が2人。静止画に代わって 動画だ。
片方は特徴的な髪型から生徒会長だと分かる。 もう1人は傍目からだと判別しがたいのだが、なにやら生徒会長と親しげに 話している。莉津はその光景に首を傾げた。

「あれーこれどっかで見たことがあるような……」
「デジャヴュじゃないよ、江波ちゃん」

遼の言葉に疑問を抱いた莉津を尻目にスクリーン内の状況は思わぬ展開を見せる。
突然ガタガタと何かが倒れる音がして、 勢いよく動いた映像から2人の姿が消える。続いて聞こえたのは「イタタタタ……」 という莉津のうめき声。

「ああ!」
「何やってんだ、お前……」

呆れたような智里の言葉に莉津はポンっと手を叩く。思い出した!

「8月の予備校のときの!アイスの!」
「そーそー。江波ちゃん、植木倒しちゃうんだもん」

あの怪しげなAO疑惑か!
思い出したはいいものの、やれやれと肩を竦めた遼に莉津は眉をひそめる。

「なんで佐元知ってんの?」
「あの植木にカメラ付けてたのよー。日比谷によるウチの内情斡旋押さえようと思ってさ」

でも江波ちゃんのせいでパー。
2人に向かって手のひらを向けた遼は、しかし、些かも莉津を恨んでいるようには 見えない。
貴様はGメンか!
二の句が告げられずにいる莉津に代わって大体の事情を把握したらしい智里が 呆れたように息を吐きだした。

「要はさっきの相手が斡旋相手か―― で、お前は俺らに何をさせたいんだ。肉体労働か?」
「さすが王子ってば話が早いねー。キミたちには相手―この相手隣りの陽明学院の 副校長なんだけどさ―のシステム管理室に忍び込んでほしいんだよねー」
「なっ!?」

それ犯罪じゃないの!?
驚いて目を張る莉津を傍らに、智里は浅く頷いた。

「分かった」
「えええ!?唐崎、だって犯罪だよ!?」

智里はちらりと莉津を見たがさして気にした様子もなく遼へ再び視線を向けた。

「いつだ」
「んー」

智里の質問に顎に人差し指を当てて上を見た遼は、にこりと哂った。

「明日」





「あれって完璧犯罪でしょ!」
「まあな」

階段を下りながらさらりと流した智里に莉津はきっと眦を向ける。

「いいの?片棒担ぐってことでしょ?」
「まあな――つうか俺を説得したのはお前じゃねぇかよ」
「いや、まあそうだけど……っていうか話違くない?」
「んなこと知らねぇよ。とりあえず証拠を取ればいいんだろ」

遼の言っていた陽明学院は皇令学院の最寄駅を同じとする長きに渡るライバル校である。 最近は皇令が勢いを強めているが、続く進学校は陽明を置いて他にいない。 加えてスポーツ推薦も積極的に取り入れ、 最近では近くの土地の買収を行っているとの専らの噂だ。
違うといえば、皇令の基準服がブレザーを基調としているのに対して 陽明は学ランとセーラー服というとこくらいだろうか。

「……しかも何でこんなん持ってんの、佐元」
「変態の極みだな」

しげしげと見つめる莉津に、持つのも嫌そうにそれを見やる智里。
お互いの手にあるのは陽明の制服だ。
丁度皇令は創立記念日にあたる明日の昼に 陽明の生徒となって潜入してこい、というのが 遼の指令だった。 相手側のパソコンに残った斡旋の証拠がほしいそうだ。

「あー折角の休みだったのにー……仕方ないかぁ。まぁ友達だしなぁ」
「あ?」

1階の踊り場、莉津よりも数段下にいた智里は聞きなれぬ言葉に思わず振り返った。 階段を下りようとしていた莉津はきょとんとした顔で見返す。

「え?唐崎もだよ」
「ああ?」

智里の剣呑な声に莉津は思わずきょどるが、 自分に悪気はないと思ったのか、強気な態度を繰り出した。

「打算なく助け合ったら友達でしょ?」
「定義づけてる時点で友達じゃねぇだろ」

がーん。
にべもない智里の言葉に打撃を受けた莉津は尚も食い下がろうとするが、 唐崎智里親衛隊が智里を見つける方が早かった。

「きゃー唐崎さまー!!」
「あの女もいるわ……!!」

久しぶりに間近で聞いた黄色い声。 それに半ばうんざりしながら莉津は瞬時に笑顔に転じた智里に肩を竦め、 「それじゃ」と足早に親衛隊とは反対の方向へと歩き出した。

「やっぱり唐崎も友達がいがない……」

ぶつぶつ呟いて立ち去る莉津の背中を智里はじっと見つめていた。



「あ、生徒会長」

智里と別れて鞄を取りに行こうと教室へと向かった莉津は、途中で職員室から 出てくる日比谷一成を見つけた。 相変わらずの七三分けだ。ポマードでも使ってんのか?
莉津の呟きが聞こえたのか、一成はまるでロボットかのように莉津を見やった。

「暇人は早く帰れ」

え、えええええ。
一成のあまりの言い草に怒るよりも前に思わず脱力する莉津。

「会長それ、思いっきり悪口ですよ」

思わず口にしてしまっても後の祭り。 しまった、とパチンと口に手を当てた莉津に一成はぎゅっと眉を寄せた。

「痴漢に遭うぞ」

それだけ言うと、満足げにふんと鼻を鳴らしてその場を去って行った。
茫然とその背中を見つめる莉津。

「あー……一応生徒は早く帰らないと危険ってことを言いたかったわけ?」

つまりは莉津を思いやっての忠告。
め、めんどくさーーー。
これは対人関係上手くいかないだろうなぁ。
高校の内情を斡旋しているというが、莉津には人付き合いが下手すぎるただの生徒会長にしか 見えなかった。





「うっわ、大きい!」

見上げるほど聳え立つ真っ白な校舎に思わず感嘆の声を漏らして立ち止まった莉津に 前を歩いていた智里は面倒くさそうに振り返った。

「皇令の方が1.5倍でかいぞ。陽明の建築が派手なだけだ」
「はー」

なんですか、その無駄知識。
尚もほわぁと目の前の建物を見上げる莉津に呆れたように肩を竦めた智里はさっさと 陽明へと向かって歩き出した。



「うわ、誰あれ!超かっこいい!」
「イケメンすぎる……」

う、うわぁ。
丁度昼休みだったらしく生とで溢れかえっていた陽明校内の廊下は突如現れた智里にざわめいた。 このままだと 皇令の王子様として有名な智里に気づく陽明生が現れても可笑しくない。 ただならぬ様子に危機感を抱いた莉津は隣りを素知らぬ顔で歩く智里に耳打ちをする。

「早くシステム管理室見つけないととバレるよ!」

うう、明らかに他からの視線が痛い。ビバ、逆バージョン美女と野獣。
智里は困り顔の莉津を無視して制服のポケットから紙切れを取りだした。

「なにそれ」

きょとんとする莉津に智里は手元の紙をその場で広げ始める。

「佐元が押しつけてきた地図だ」
「な、にー!?」

見取り図があること早く言わんかい!
周りからの視線に縮こまった莉津の恨めしげな目線をさして気にした様子もなく、 智里はさらりと言ってのけた。

「陽明の校舎内を歩いたのは知的好奇心を満たすためだ」
「今ここで満たすなー!!」

耳元で騒ぐ莉津もなんのその。 智里はスタスタと地下に存在するシステム室へと向かって階段を下り始めた。
置いてかれちゃたまらない。
その長い脚のコンパスに負けないように莉津は小走りに後を追いかけた。



「ここだな」

窓がない地下の廊下はひんやりしているが昼だというのに薄暗さを感じる。 智里は先ほど同様にポケットからカードを出した。

「うわ、なにそれ!」
「佐元が偽造したカードキー」
「うわぁ。佐元ってば相変わらず犯罪のにおいがプンプンするヤツ……」

ピーという無機質な電子音が響いて開いた先は廊下よりも更にひんやりしており、 ブーンという空調の音だけが部屋を包み込んでいる。 人を認知したのか、ぱっと明かりが点いた。智里が振り返る。

「持ってきたか?」
「もちろん」

データを移動させるように、と佐元に持っていくように言われたUSBメモリ。 なんの変哲もない銀の物体のように見えるが、 佐元はロックを解除するシステムを内臓していると言っていた。
本当か?
訝しげに手の中の物を見ながら、莉津は言われた通りに 部屋に真中に置いてある長机上の5台のパソコン全てを起動させ、 その1つにUSBを差しこんだ。
突然、後方でぶぅーんという音がした。

「なにしてんの、唐崎」
「いや……」

部屋の片隅に入らなくなったのであろう液晶型モニターの数個と共にあった扇風機。 智里は何故かそれをいじっていた。
また知的好奇心を満たすためなのだろうか。
やれやれと肩を竦めた莉津は画面に映る文字に息を吐いた。

「あと1分か……早いね」
「ヤツの得意技はクラッキングだからな」

莉津の横からモニターを覗きこんだ智里は100%と表示されたのを確認してUSBを 引き抜いた。
その瞬間。部屋の外からロックを外す、ピーという音が聞こえた。